じんましんが出てかゆみに耐えきれず皮膚科に行った。
近所に皮膚科のクリニックが一件。
夫が数ヶ月前に利用したので聞いてみた。
「先生どんな人だった?」
「う〜ん、静かで穏やかで、菩薩様みたいな」
菩薩様? じゃあ、まあいいか。と行ってみることに。
目の前に現れたのは、きっと同世代だけどほとんど白髪で
おっとりしているけど、見た目は菩薩ではない。
ブツブツを見せると、最初の言葉が
「ん〜〜ま〜〜〜入院するほどじゃないと思うんですよね〜〜〜」
え?。。。それは当たり前でしょうに。。。この程度なら。。。
その後ものらりくらりで、とにかくはっきりしない。
じんましんの原因なんて元々確定できないだろうから、そこはいいとしても、
優柔不断で薬もなかなか決まらない。
受ける印象って人それぞれ本当に全然違うものだと思った。
夫のように欠点を利点に見ることができたなら、
人に対するイライラはほとんどなくなるのかもしれない。
結局、悩みに悩んで選んでくれた薬は効かず、
薬を変えてもらう為にまた行くことになった。
先生は背中を丸めながら
「ん〜〜今度は効くといいですね〜〜すみません〜すみません〜」
先生にあやまって欲しくなんか、、ないっ!
- 2019/02/22(金) 14:31:01|
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息子が保育園の年長の時のことだ。
発達障害だということはすでにわかっていた。
小学校に進学するにあたり進路を決定しなければならず、
その判断材料になるからということで園長から時々
普段の息子の様子を見学するように勧められた。
見学する時は親が見ていると気づかれないように変装することになっていて、
三角巾とマスク、園で先生が着る上着を借りる。
正直これだけではバレバレで、特に女の子にはすぐにわかってしまった。
うちの息子も近寄ってきて、私の顔を覗き込み
「母ちゃんの目にそっくり」といって向こうに行ってしまった。
今思うと気づかないフリをしてくれたんじゃないかと思う。
見学しているとやはり、どうでもいいところで興奮したり、
先生の言ってる意味がわからなくてお遊戯についていけなかったり、
大きな声を出してしまったり、
ちょこちょこ問題点は見えてくる。
自由に遊ぶ時間には、他の子と交じることができず、いつものように
一人で遊んでいる。
もう帰ろうかなと思ったその時、一人の女の子が息子の隣に座った。
この子はダウン症で言葉もほとんど出ない女の子だった。
息子が色のついた木のピースで遊んでいると、横から手を出してきて
強引にピースを奪っている。
大きい声で
「あーやめろー」とか「とらないでよー」とか言うんだろうなと思って見ていた。
けれど息子は横をちらっと見ただけだった。
気にしないで遊びを続けている。でも時々ちらっちらっと目だけで横を見ている。
そして無言で赤いピースをその女の子の方に置き始めた。
女の子は横から赤いピースだけを探して集めていたのだ。
この光景を先生は誰も見ていない。けれども母ちゃんが目に焼き付けておこう。
この日は、まあ言ってみれば、息子のダメな所のあら探しをしに行ったようなものだ。
けれど、思いがけず、
ああ、この人は基本的には心配しなくていい、 ということを確信した日になった。
- 2019/02/15(金) 10:19:08|
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ケガをして以来、半年ぶりに都心へ出かけた。
まだ完治が遠い足では、人の流れについて行けず、
地下鉄の階段の上り下りに手すりにしがみつきながら汗かき挑む。
ほんの些細なことで転倒につながるので、
どんなに恥ずかしくても、遅くても、他人に合わせてはいけない、
マイペースで、ということを頭に叩き込んだ。
途中、腰から崩れそうになるような感覚が何度もあり、
患部よりも筋力の低下、体力の低下を突きつけられる。
それでも久しぶりの東京は、さすがに様々なものが洗練されていて、
刺激がたくさんある。
見たかった展示作品を堪能し、やはり文化や芸術にふれることは
自分には絶対に必要だと改めて感じ、精神的にはかなりの充電になった。
体力的にはかなり厳しく、あとどのくらいまで足がもつか見当つけられず、
千葉まで帰れる余力は残るだろうかと、心配でならなかった。
でも今回の遠出で少し自信がついたので、もうちょっと筋力をつけて
来月再チャレンジしてみようと思う。
それにしても東京のデパートなどの公衆トイレの綺麗さは
世界一といってもいいと思う。ありえない美しさ。
NYの高級デパートだってトイレに関しては普通レベル。
大阪もそこそこ都会だけど、トイレだけは東京には太刀打ちできないと、
出張によく行く人から昔からよく聞いていたものだ。
しかし掃除だけではこの綺麗さは保てないと思う。
やはり意識の高い人々が集まっている街だといえる。
時々行かないとね。
- 2019/02/08(金) 12:15:38|
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毛糸のローゲージニットタートルなんか本当に可愛いなーと思う。
温かみがあって、季節感がウンと出る。
昨年だったか、オシャレな人の所持率高い、おまけに値段もちょい高め、
某アパレルで大人気のカシミアタートルのニットを試着してみた。
なるほどね。首のところが特にかわいい。ステキ。 でも思いとどまった。
私は毛糸のセーターが苦手だということを50歳手前にしてやっと受け入れた。
どんなに色や形や見た目の質感が好きでも、毛糸は落ち着かない。
糸一本一本にホコリがたまっていくような気分から逃れられないのだ。
ただ見た目には大好きなので、毛糸ものについては小物に限って楽しむことにした。
私が一番気持ちが落ち着くアイテムはトレーナー。
(今どきはスウェットというべきだろうな。まあいいや。)
最近は裏地に工夫がされてて暖かく、関東の冬なら防寒的にも十分。
洗濯機で洗える気軽さ、さらっとした表面、チクチクしない。
など、言うことない。
オシャレ度についてはおばさんには結構難しいものがあるが、
ここ何年かのスポーツテイストの流行に助けられている。
少し前だとちょっと厳しかったかも。
それでオーバーサイズもトレンドなのをいいことに、
ゆるっとメンズのトレーナーばかり着ていたら、
体がそれに合わせてオーバーサイズになってしまった。
可愛さよりも、自分に必要なものを見極められるようになることはいいことだけど、
それと同時に緊張感というものを、着心地とは別に同時進行していかねばならない。
部屋着じゃないというところも、うんと強調しなくてはならず、結構テクニックを要する。
色々気を付けてるつもりだが、他人からどう見えているかは不明だ。
気楽に見えて、トレーナーは毛糸のニットに比べて気の抜けない、
自己管理能力が大変試されるアイテムなのだ。
- 2019/02/01(金) 17:37:12|
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